たなかこういちの開発ノート

システム開発に携わる筆者が、あれこれアウトプットするブログ

Web企業とアジャイルの話

一年ほど前の2014年4月に、IPAより「IT人材白書2014」が発行されました。同白書概要版5ページ目をみると、ITに関わる企業群を下記3つに分類しています。
 
IT企業
ユーザー企業
Web企業
 
従前よりエンプラ分野に関わっている私からみて、この分類は新鮮に映りました。「IT企業」と「ユーザー企業」は言うまでもなくITシステムの提供企業と利用企業です。「Web企業」とはどんな様子の企業を表しているのでしょうか。やはり同白書概要版5ページ脚注によると、まず、「Webビジネス」とは、
 
顧客に対するサービスやサービスを提供する手段としてインターネット及びインターネット関連技術を用いているビジネス
 
であり、そのようなビジネスを中核事業としている企業を「Web企業」としています。「Web企業」を別立てにしているのは「ITシステムの提供者または利用者」という枠には当てはまらないという様子の表れだと理解できます。事実、Web企業の中核となるサービスを支えるシステムは、自ら企画・開発する≒IT企業に外注しない意思が極めて高いとのことです。(※同白書製本版41ページ)
 
 
もうひとつ参考文献を。
 
 
書名は少々キャッチーかもしれませんが、書名の印象とは異なり、内容全体からユーザー企業における次のような動きの様子が読み取れます。
 
(1) “ビジネス直結システム”はインソーシングに転換傾向。アジャイルで永続開発が進められる。「第二IT部門」というかたちの組織戦略も。
(2) 会計などバックヤード系システムとインフラの構築・運用は、従来通りのアウトソーシングが続くであろう。(※既存の=“第一”IT部門が引き続き担う。)
 
ユーザー企業における“ビジネス直結システム”として、例えば、「花王(日用品製造)における売上管理・分析」、「マネックス証券(ネット証券)におけるトレードシステム」、「良品計画(製造小売)における生産・物流・販売の一貫管理システム」、「アスクル(専門小売)におけるECシステム」、などの事例が挙げられています。(※同じく小売を手がける企業でも“ビジネス直結システム”の捉え方が異なるのが興味深いことです。アスクルの事例ではEC、即ちネット通販は中核として内製で進めるが、受発注を含むERP部分はアウトソースする方針を取っているとのこと。対して、良品計画の事例では、むしろ受発注〜物流を含むところのオペレーションを中核と捉えていると見受けられます。)
 
そして、このような“ビジネス直結システム”の開発においては、開発者は単に(言われた)システムを構築するだけではなく、開発者自身そのシステムが支えるサービスあるいはビジネスに対してコミットすることが求められている、とされています。
 
 
次の記事は「グロースハッカー」について。
 
AdverTimes、「ジョブズがマーケティング嫌いだった訳を考える「マーケターはグロースハッカーにもなれ」」:
 
記事はマーケターの将来として書かれていますが、よく読めば、マーケターに限らず、エンジニア、デザイナー、データサイエンティスト、誰であれ「グロースハッカー」的な振る舞いが求められていく、という話になっています。
 
上の記事では「グロースハッカー」の語を下記記事におけるものと比べると少々広義に扱っているように思えます。下記記事ではある種のテクニックを駆使できることが必要条件であるように読めます。
 
HONZ、「『グロースハッカー』 - スタートアップの成長請負人 」:
 
しかしそのテクニックを駆使して実際に効果を出すには、結局は前者の記事が表すようなスタンスが自ずと必要となるのでしょう。(※後者の記事でも最後の方で「要は「マインドセット」であり「気質」なのだ」と言っています。)
 
私は「グロースハッカー」という用語で表したい行動特性の最大の特徴とは、「プロダクト(またはサービス)にコミットすること」だと理解しました。「プロダクト(またはサービス)にコミットする」とは、単に与えられた役割を担うだけで無いし、あるいは有期の“プロジェクト”にコミットするだけでは無い、ということです。「究極のオーナーシップ」、あるいは「究極の当事者意識」と言うこともできるでしょう。(※そして、「プロダクト(またはサービス)にコミットする」ことは、いわゆる“プロダクト・アウト”と“マーケット・イン”のアプローチの絶妙なブレンドを求め続ける行為で支えられ、その絶妙なブレンドは「究極の気配り」によって得られるもの、と考えています。)
 
 
以上の参考資料群から見えてくる展望をまとめてみます。
 
“ビジネス直結システム”の開発現場では、ITシステムを単に仕様通りに構築するだけではなく、そのITシステムで実現したいサービスやプロダクトあるいはビジネスそのものへコミットし、手段としてのITシステム開発を進めるグロースハッカー的な振る舞いで高速PDCAを実践する人材が求められている。
 
そこではシステム開発の速度がビジネスの速度の律速となるので、ビジネスに求められる変革速度に追従できるシステム開発の仕組みが求められる。その結果、インソース&アジャイルが自然な選択肢となっている。
 
「Web企業」が運営するインターネットに展開するサービスはまさに“ビジネス直結システム”であり、インソース&アジャイルの傾向が最も典型的に表れている現場の一つといえる。
 
一方、非中核となるシステムについては、従来通りのアウトソーシング(※IT企業から見たら受託ビジネス)が続くであろう。
 
また、アジャイルの本質は下記にあるだろうことが改めて分かります。
 
・ビジネス側と開発側が原則Face-to-Faceで仕事をし、
・開発側もビジネスにコミットし、ビジネス側もITを理解し、
・比喩的に言えば、開発側、ビジネス側の両者が対面するのではなく、隣に座って同じ方向を見るといったかたちの価値共有が為されることを前提として、
・ビジネス目標に対して(開発に関わる)オペレーション上の一切のオーバーヘッドを排しようとすること
 
このアジャイルの本質を踏まえると、インソーシング、内製以外では成立し難いことが理解できます。
 
事業における
位置付け
求められる
価値
システム
需給状況
適する組織
プロセス戦略
中核システム
事業価値・顧客価値そのものの具現化
個別の需要=個別の企画が必要
内製&
アジャイル
非中核システム
低コストで安定した調達
コモディティ化した供給
外注&
ウォーターフォール
 
 
<追記>
ここ一年程、偶然か必然か幸運にもまさに「Web事業」に関するプロジェクトに参加することができました。この記事に挙げた参考文献類を興味を持って読んだのも「Webビジネス」の現場を見聞きしたことに因っているかもしれません。この現場での経験より、「アジャイル」や「アジャイル」を実践する現場の背景の本質をまさに頭でなく体で会得できたように思います。
 
◆以上
 <'15/5/22更新>